今回の記事は先日家具を製作されているプロ木工家の方から相談を受けまして、その内容が興味深かったので紹介させていただくと同時に色々と実験をしてみましたのでその様子を書きます。
「(要約させて頂いております)当方、長年西口良次さんの繰り小刀を愛用しております。
仕事柄、アールのきつい堅木を削ることが多く、また左右勝手の違う2本を使い分けて仕事を進めることが性に合わないこともあり、試行錯誤の末自己流で、右勝手の裏に小刃をつけて両刃(両刃様の片刃)にすることで現在はオールマイティに仕事を進めておりました。
また感覚的な話となりますが、小刃をつけない完全な両刃では当方の仕事では食い込みが発生しやすく使えないのではと考えておりました。
こんな邪道な使い方をして良いものなのかとモヤモヤしていたところ、「宮本武蔵・真鍮鞘特大の小刃〜」の記事を拝読し、目から鱗でした。間違いではなかったのではないかと思いました。
」
「(中略)両刃様の片刃に適した繰り小刀を作れるところをもしご存知でしたら教えていただく事は可能でしょうか?
もちろん、通常の仕様の右手勝手の繰り小刀を特注で作ってもらい、自分で裏に小刃をつけても良いのですが、おそらく製作者が考える本来の切れではなくなるのではないかとも思っております。」
剣聖宮本武蔵肥後ナイフの記事では両刃の刃物の片側だけをベタに研いで片刃の様な初期研ぎが施してあります、と紹介しましたが、その記事を見て、それとは真逆の片刃の平面であるはずの裏側の刃先部分に角度のある小刃を施して両刃様の片刃として使う事が間違っているのかもというモヤモヤがあって、それが解消されそうとの事で、同じ研ぎ方をした繰小刀を新たに注文したいので注文できそうな鍛冶屋さんを紹介していただけませんか?という事でした。
最初に、そのような研ぎ方を(片刃を両刃のように)するのは邪道なのではないか?という事ですが、
邪道では無いと思います。
私はこの研ぎ方を知っていました。
初めて知ったのはその昔、購入したロバートソービーの面取りチゼル(鑿のこと)の切れ味に悩んでいた時に出会った、ギター製作家を志す者が最初に読むであろう(ホントかよ)洋書神バイブル
『Guitarmaking: Tradition and Technology: A Complete Reference for the Design & Construction of the Steel-String Folk Guitar & the Classical Guitar (Guitar Reference) 』
に書いてあった道具のメンテナンスについての項目です。
残念ながら現在手元には無いので記憶をたどって書きますが、チゼルと鉋刃のシャープニングについての解説に
チゼル(鑿)や鉋刃の裏は歪んでいて(海外製は歪みが大きいのです)大きな完全平面を作るのは非常に難しい、だから最小のマイクロベベルを施してそれを完全平面という事にしろ。それを実現させるためには刃表の角度は云々〜
と。
この考え方は日本では有り得ない事ですので検索しても一切出てきません。
だって日本の鑿や鉋は徹底的に裏の平面に拘って時間をかけて大きく完璧な平面を作るじゃないですか!
対して欧米人は合理的に一瞬で小さな平面を作るのです。柔軟で合理的な考えの持ち主ならば簡単に辿りつける事なのかもしれません。
この本では小刀については触れていません。
何故ならば(当時の)欧米人はカーペンターナイフとか両刃の小刀が大好きなので片刃については触れていないのです。
けれども刃物全般では片刃の裏にマイクロベベルを入れるという事は普通に行われていたようです。
日本の小刀でも当サイトで紹介した事のある増田切り出し工場の横手小刀や包春切り出し(柔軟で合理的な考えの持ち主ならば簡単に辿りつけるのかもしれません→私は一生懸命平面にしてましたけど笑)や神沢鉄工のイッツマイナイフなんかは両刃様の片刃になっています。
※片刃様の両刃・両刃様の片刃は私の造語です。
木工家の方で普通の片刃繰小刀をひっくり返して左刃の様に使う方は多いです
田中清人さんの華麗なる動きは繰小刀が踊っています
以前紹介した家具製作家の動画なのですが使い方としてはこんなイメージなのだと思っています
ウオルナットの逆目を返した刃で巧みにするりと削ってますね。
裂けるチーズのようにいともたやすく整形しています。
この大きな繰小刀はこちらの動画の研ぎ方を見た感じだと完全に片刃です
片刃をひっくり返して使う方も多いし両刃様にして使っている方も一定数いらっしゃるのではないかな?
これは各々の力加減や癖によって十人十色なのでしょう。
「左刃を使うの時に持ち替えるのが無駄に感じるので両刃が欲しいけど、どうして繰小刀に両刃は少ないの?」
と聞かれた事は何度かあります。
確かに、両刃の新品を手に入れようとすると平出の刃物(現在在庫切れのようです)くらいしか検索が出てきません。
それにけっこう高価だし、購入したはいいけど喰い込み感が馴染めなくて使えないってなった時のショックはデカい!
ならば使い慣れた片刃の両刃様を特注しよう!という流れになるのは当然ですが、繰小刀の先細り形態は中々に難しそうで専門鍛冶じゃないと特注とか無理なんじゃないのかな?それにそのような特殊な研ぎ方を日本の鍛冶屋さんは理解してくれるのだろうか?
一応特注を受けてくれそうな相談先を教えましたけれどもおそらく非常に高価で長い事待たされると思いますと伝えました。
※因みに以前OPINELの刃を青紙割込で作って欲しいと依頼して13年経過してますが未だ音沙汰ありません。こんなものなんです
これは八方塞がりだウーム。。。
小刀に悩める方がいるならば何か手助けをしてあげたい。
ハイス鋼で作ってあげようかな?とも考えたのですがプロの要望に応えられる切れ味なんて出せないだろうしなぁ。。。
そこで自分の持っている両刃繰小刀を譲ってあげるから試験的に使ってみてはいかがですか?と提案もしたのですが申し訳ないとの事で、とりあえずヒントを探す為に手持ちの片刃繰小刀を両刃様に研いで感触を確かめてみることにしました。
今現在西口小刀を使っておられるとの事でさらなる切れ味の向上を考えているのか、それとも長年の使用で研ぎ減ったので予備が欲しいのか、聞いておけばよかった。
ちょっと思い当たるのは西口小刀は刃角度が30〜35度くらいが多いので裏に小刃を入れると切れがやや重くなるのではないか?という事。
そこで私は刃角度25度程度の繰小刀の裏に小刃を入れてみようと思い立ちました。
これは両刃繰小刀の刃角度が35度で今回引っ張り出して研ぎ上げたところすこぶる切れ味が良かったので更に鋭角な30度を目指そうと決めたのですが刃表25度の裏に5度の小刃を入れて30度にしようという目論見です。
繰小刀コレクションを漁って片っ端から刃角度を計測していきます。
刃角度25を探す!
無い!
無い!
無い無い無い!
いやぁ、刃角度25度ってなかなかないのですね。
YouTube小刀を鍛える(1:16近辺)から参照すると繰小刀の刃角度は16度前後と紹介されていますが、これは野菜を細工する「剥きモノ用繰小刀」の事だと思います。
木工用で刃角度30度以下というのはあまり見かけないのです。
これは繰る、抉る(こじる)という特性から刃の厚みが必要であるのと先細りの形状から鋭角にする事が難しいという事に起因しているようです。
なんとか2本の25度(一本は未紹介の共柄・もう一本は三木章)と前回の記事で紹介した栄太郎27度を見つけました。
この3つのどれかの裏側に小刃を入れようと思ったのですが一度裏面に小刃を付けると、やっぱり駄目だったとなった時に元に戻すのに苦労しますし、
※片刃を両刃様にして苦しんだ例。下手をするとオシャカになってしまいます、それは相談して頂いた方に気を使わせる事にもなるので最初は自作したククサナイフを実験台にします。
これなら失敗してもグラインダーで元に戻せますので。
最初に感覚で小刃を入れてみたのですが全く切れなくなってしまいました。
そこで5度の小刃を作るための簡単な治具を考えてみたのですが5度は鋭角過ぎて無理でした。。。とりあえずお試しで10度でやってみよう
木の治具なので使い捨てに近いです。ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
刃幅が無いので難しい
なんとかできました!0.数ミリの完璧な小刃が美しい
お!急に切れるようになりました!
満足いく切れ味とまではいきませんが、5度の小刃ならもっと切れるんじゃないかな?という希望の光が見えてきました。
それじゃあ5度の小刃をどうやって入れようか、と悩んでいた所に相談者の方からDMが届きました。
特注品が依頼できたかの有無の結果を教えて欲しいとお願いしていたのです。
(要約)あれ以降幾度か教えて頂いたお店に相談しておりましたが、結論としては◯◯さんであれば作ってくれる可能性があるとのこと。ただし、2年以上待ちで高価格かつ裏小刃を付けてもらうのは難しいだろうとのことでした。
新潟は鍛冶屋さんの廃業が続いており他に小刀を特注できる所はほぼ無いとのことでした。後継者問題に危機感を感じられているご様子でした。
そんなところ、貴台のブログで清房に関する過去記事を拝読し、自分も錆びた清房を持っていたことを思い出しました。
これは廃業した建具屋さんから頂いたもので、長年使い倒して長さが相当短くなったと思われるものです。(これも記事と同じく刻印が青房のように見えます。)
つまり研げば切れるのではと思いなんとか使える状態にしたところ驚くほどに切れるでは無いですか。
この清房に少しずつ裏小刃をつけていき表の刃角度を変え、当初予定していた両刃様の小刀に仕上げていこうと考えております。
補足情報ですが、清房の刃の長さは
85ミリ表刃角度は35度です。(裏小刃約5度 現在幅約1ミリ※後付け加工)
以前からメインで使っている西口さんの繰り小刀の表刃角度は26度です。(裏小刃約5度、裏小刃幅約4ミリ※後付け加工)
買ったのが20年ほど前なのでオリジナルの表刃角度は覚えていませんが、これより鈍角でした。両刃様にするにあたり意図的に鋭角に変えました。新品状態で曲がりや部分的な凹みがあり、裏の平面具合もかなり悪かったのを記憶しています。
衝撃情報の数々、とりあえず特注の件は後回しにして、、、
裏小刃の幅が1ミリと4ミリですと?
しまった!勝手な思い込みで小刃を0、5ミリ以下に設定してしまっていた!
そうか、小刃の幅に厳格な決まりなど無いのだから4ミリの小刃だって存在するのか!
こうなってくると包丁の独自な研ぎ方の世界になってくるのか!
冒頭の洋書が云々とか調子にのってしまった!(書き換えればいいのだけど自虐)
ダ・サ・い!
どうしよう、、、とりあえずその2に続きます