中古の繰小刀は無惨で泣ける。刃角度37度の正解とは

繰小刀を集めていると新品やデッドストックのような未使用品ばかりではなく中古品も視野に入れなくてはいけない時もあります。
未使用品では入手不可能と判断した場合は積極的に手を出していかないと二度と巡り会えないからです。

高価なモノと安価なモノがあって高価になる場合は廃業鍛冶屋さん(千代鶴はもちろん清久さんとか会津の刃物とか)や故人が生前作った小刀の中古、当サイトでも紹介した謎に高価な相州光悦繰小刀などがその例です(切り出しに比べて繰小刀の中古はそもそも少ないですが)。
反対にタダみたいな場合もあって、先が折れてしまったり研いでも切れるように仕上げられなくて手放す方も多いようで、ジャンクとされたそれらは安価で入手しやすく入札ライバルも少ないです。


繰小刀の多くは刃幅が21ミリ-24ミリくらいで刃角度が30度以上のモノが多く必然的に切刃の幅が小さいものがほとんどでさらに刃渡りが長いので研ぐ事が難しいのだと思います。オークションに出てくる安価な繰小刀の多くは手に負えなくなったモノと思っています。
手元に届くとたいていは丸っ刃で、刃欠け先折れと酷い状態のモノが多く、私自身何時も研ぎに悩まされています。それが楽しくてやっているのですけれども
そもそも35度以上の片刃の刃物の切れ味の正解が良く分からない。
本来の目的が杉とか桐のような軟材を切る(削る)為のものではなくて楢とか欅とか桜、ブナのような広葉樹の狭い隙間部分を切る為のもので鈍角な刃先で靭性を強化しているのだろうという想像はできるのですが、使ってみるとあまりにも重い切れ味のモノが多いのです。
35度近辺の刃角度でも凄く切れる繰小刀もあるので研ぎ方が悪いのかな?とも思って日夜研究しているのですがいくら頑張ってもそこそこにしか切れるようにならないモノのもけっこうあります。
実は35度以上の刃先で切れるようにするには製造工程に何か秘伝があって形を猿真似しただけでは駄目なんじゃないの?とさえ思ってしまいます。
鍛接する鋼の厚みとか焼入れの方法とか焼戻しの温度とか時間とかどこかに秘密があるのかな…そんな事を考えつつ今日も中古の繰小刀を研いでみました。


銘は判別不能でしたが鍛接線が確認できて鞘が銅線巻という事でアンテナが働いて入札しましたライバルは無し。

仕様・自家鍛接鍛造火造り
価格・2500円(オークション)
鋼材・不明
全長・255ミリ(227ミリ)
刃長(刃渡り)・110ミリ
巾 ・22.5ミリ
厚み・2.9-3.4ミリ
刃角度・37度
重量・105ミリ

銅線巻は東大吉繰小刀や池内刃物の接木小刀で見た事がありますがなんとなく上質な印象があります。
見た目の良さと鞘割れ防止、接木小刀に採用されているという事は殺菌効果もあるのかな。
恐らく同じところ(池内刃物なのか?)で作っているのだと思われますが現在も作られているようなのでこれだけで年代を推測するのは難しいです。
手持ちの銅巻を並べてみました。
一見同じに見えますが銅の固定方法が違ったり鞘の丸みが違ったり、果たして同じ所の製造なのかどうなのか(銅だけに)。




今回の繰小刀も池内刃物関連なのか?しかし、鍛接線の様子は池内刃物のそれとは違います。


刃の根元から数センチは刃が付いていない作りになっており、これは東大吉繰小刀によく似ていますがコレまた鍛接線の特長が違います。








…まぁなんだっていいや、切れれば良いのだから、と思って全体を観察してみると歪みはないものの刃先は折れていて切刃は荒砥ぎのまま諦めた雰囲気があり傷だらけ、根元は刃が付いていない箇所がずいぶんとあって、これは手に負えなくなって売りに出したパターンだなと直ぐに分かりました。

あらとくんで刃先を出して根元も刃を出します。
根元の刃の無い部分は指が切れないように刃殺ししてあるのですが本来の刃殺しよりも数センチ上まで刃が無い状態で、これではあまりにも使いにくいので刃を付けていきます。


20分くらい掛かりました


次はベスター700で切れる刃を付けていきます。




ベスターは研削力が強いしそのままで良いのでは?というくらいの刃が付くので好きで使っています。
ベスターからいきなり#5000〜#6000に飛んだりする事も可能なくらい高性能なのです。


平面出しはSHAPTONなおる、藤原産業のダイヤ砥石やツボ万のアトマイザーダイヤ砥石、もう刃物を研ぐためには使わないSHAPTONの#120なんかを使っています。


砥面が荒れますので名倉砥石(広義の意味での)で少し滑らかにするのですが名倉も人造から天然から色々試してみたけど一番しっくりきたのはダイヤキラリンという包丁の錆び落とし用のダイヤ砥石で泥出しするやり方。


名倉じゃないだろうって声が聞こえてきますが広義で名倉砥石とご理解下さい。
母体の研磨材を混じり気なく使うにはこのやり方が一番かなと思ってます(私的意見)、コマとかホワイトアランダムとか天然砥石の欠片とか使うと粒子が混ざってベスターならベスターの持ち味が最大限発揮できないような気がしてこのようなやり方をしています。数年後も同じやり方とは限らないですが。


次はキングハイパー1000
刃先がピンとなります。
ワタクシはシャプトンのように水を掛けたら直ぐ使える砥石よりもしっかり吸水させて使う砥石の方が好みのようです。
独自のシャリシャリとした感触が心地良い。長い人生その時々で好みの変化はあるものです。


キングハイパー2000と繋げます。
同じくピンとなった刃先を大事に大事にしたいのでコレで。
キング砥石は大きくてどっしりしているので使い易いです。





親指でカエリをチェックすると上々の出来、正直ここまでで十分に切れますがもう少しランクアップしたい。




キングS1#6000
賛否あるかと思いますが#3000は挟まずに#6000です。
これは水を掛けたら直ぐに使えるようなSHAPTON刃の黒幕的な使い方で大丈夫という認識ですがワタクシは5分以上漬け込んでてから使います。
少し研ぎ感が変わる…ような気がしてますがプラシーボ効果かもしれません。
S1は地鉄との相性で曇りがかかる時もありますが今回の繰小刀は研げば研ぐほどピカピカになってきました。
刃境を見て欲しいのでキンデラで地鉄部分だけ研ぎ直しました。
ワタクシがギターなど作る時に使うのはピカピカの状態が多いです。
切刃がツルツルピカピカの方が排出がスムーズなんです。



仕上げに青棒革砥を使って微細なバリを取って完成。
日本剃刀を砥ぐ方からすると正式なストロッピングとは程遠いことはわかっています。正統な英国式ではなく合理主義の米国人が考えた(わかんないけど)半ば自棄っぱちなやり方な青棒革砥、でも本当に良く切れるようになるのです。
カミソリのような切れ味ではないですがまぁまぁ切れるようになりました。37度だと及第点じゃないかな?


砥石を変えろという意見もあると思いますが、当然アレコレはやってみてとりあえず紹介する為に無難なチョイスになりました。

リアルな研ぎ仲間が居れば意見ももらえるのでしょうが独りで完結しているのでモヤモヤしてもどうしょうもないのです。
まぁ人生こんなものですよ