ずっと気になっていた栄次郎接木小刀です。
かつてはフリマサイトやオークションで良く見かけましたが最近(2022年頃から)はめっきり見なくなっていました。
当初の印象はプラスチックの持ち手がチープで使い捨て刃物的な位置付けなのかな?と思っていて欲しくなっても沢山あるし何時でも入手できるよね安いしと高を括っていました。ところが数年前から落札価格が高騰して4〜5千円になる事が多くあれ?もしかしてチープな小刀じゃないのかな?実は良い小刀なのかな?と考えが変わりまして、それから何度か入札に参加するも競り負けてしまう事が続いていました。
高騰と時を同じ頃ヤマニ工販という所がカラーミーショップにて栄次郎接木小刀を2628円とかなり安く販売していました。
価格は安いのですがその説明文がとても魅力的なものでした。
以下引用です
園芸農家の間で、これ以上の小刀はないと大好評の接木小刀です。栄次郎作の商標が誇る鋭利な切れ味は、優れたスウェーデン鋼T特2号を素材鋼として、入念な鍛錬と化学的な焼き入れにより創り出された素晴らしい切れ味です。園芸用として接木等に使用すれば、木を傷めず美しい切り口を作りますから、実行100%の接木効果が得られます。またこの小刀は園芸用のみならず、他に細工用としても切れ味の鋭利さと、永切れする刃保ちの良さは、栄次郎作小刀の他品の追従を許さない優れた特長として種々な工作仕事に重宝されています。刃の角度、柄部の曲線等あらゆる部分で研究されていますので、使用感も快適です。プロ用としてご愛用ください。在庫限り商品。 全長200㎜ 刃長70㎜ 重量70g 接木・ゴム・ビニール・皮などに。
と褒めちぎる内容、スェーデン(鋼)に弱い日本男子、そしてこの値段であれば飛ぶように売れるのは当たり前で現在は当然売り切れ中で再販の兆しはありませんので既に生産していないのかもしれません。
その他に情報が一切無いので説明そのものが在庫を一掃するための殺し文句のような気もするのですが(ヤマニ工販さんごめんなさい)価格高騰の一因はこの一文だと断定して間違い無いでしょう。
今回はオークションで発見して駄目元で入札してみました。
開始価格1000円で上限を1500円に設定しましたがライバル無しでそのまま千円で入手できました。
仕様・自家鍛接鍛造火造り
価格・千円(オークション)
鋼材・スェーデン鋼
全長・205ミリ
刃長(刃渡り)・
巾 ・24ミリ
厚み・1-2ミリ
刃角度・8度
重量・60g
ヤマニ工販の説明より少し軽いです。これは個体差かな?
持ち手のプラスチックは隙間もあったりしてチープではあるのですがとても持ちやすいです。
特筆するべきは厚み。当サイトで厚みというと峰側を指しますが刃先先端部分は0.1ミリと極薄になっています。
硬い木を削ったら一発で刃が欠けてしまうじゃないの
刃を観察すると全体がピカピカで全鋼なのかな?と思えました。この薄さなら全鋼なんだろうな、と。
更に観察すると切刃の部分に薄っすらと何本かの曲線が見えました。
全鋼ではなく軟鉄に鋼を鍛接しているのだろうか?この薄さで?
そこでキング砥石の#800を当てて模様を浮き立たせてみましたが綺麗には浮き出ずも4本の線が見て取れました。
鋼を折り重ねているのか?
強度を増す為でしょうか、明らかに折り重ねています。
あまり砥ぐと穴が空きそうで怖いので研げませんが刃角度が8度となっていて刃先に小刃が付いていましたので正確に25度の小刃を付け直しました。
この薄い作りなら紙や草などはサクサク削れるだろうけど硬い木となると刃欠けするのだろうなと色々試して切ってみましたが紙や軟材は流石に良く切れます。
常識からすると唐木などの比重の大きな硬木を削るとなると一撃で刃欠けや刃折れが発生するのではないか?…と思って実験してみました。
私の常識は非常識
栄次郎接木小刀試し切り#接木小刀 #小刀 #試し切り pic.twitter.com/KgnDNKfhHb
— kurikogatana (@kurikogatana) September 28, 2024
驚くべき事にいくら削っても刃先に一切の欠けがありません。
峰側が薄いので押す時の親指の腹がけっこう痛いのですが切れ味の鋭さがそれをカバーしてくれます。
これは凄い小刀だ
大袈裟かもしれませんが剃刀のように鋭く鉈のように強い刃先が共存しているのだから驚きです。
これなら接木の用途である生木の切断切削から野菜の台苗の切断まで自在にこなすでしょう。
それにしてもこの折り重ねた部分は果たして軟鉄でそこに薄い鋼を鍛接したものなのか?それとも鋼そのものを折り重ねて鍛接した全鋼なのか気になるところ、どうしても知りたくなってしまったのでドリルで穴を開けるしかない!
幸いにも予備として同一品を何本か落札できたので思いきって実験してみました。
予想は全鋼でウーツ鋼(ダマスカス)のようなイメージでしたが
ドリルは最初は切削できて途中で空回りを繰り返して進まなくなりましたので最初の層は軟鉄で途中で鋼に到達したという事で間違い無いでしょう。超極薄の鋼と軟鉄が鍛接されているという結果になりました。
彫刻刀なんかよりも薄い鍛接、素人意見ですがそんな事が可能なんだと驚嘆しました。
裏スキは少しでもやり過ぎると軟鉄部分に到達してしまいますので緻密中の緻密、恐らく0.5ミリほどのスキだと思われますが手持ちのノギスでは計測不能なほどの緻密さです。
この小さな小刀に様々なテクノロジーが詰まっているように思えてきました。凄いぞ栄次郎!
ただし硬い木が切れるからといって即座に楽器製作で黒檀なんかを削る為には使わず、とりあえずは様子見をしようとは思っています。パキリと折れて眼に飛んできたりしたらヤバいですから。
デメリットがあるとすれば寿命が短い事かな。
研ぎ減らしていくと赤い線のように減ってしまうので研ぐたびに使い勝手が変化してしまうと思われます。
寿命が短いという事はそれだけ多く替えが必要という事なのでもしも生産中止品であるならば痛恨の極みです。
しかしそれらのデメリットを差し引いても究極の接木小刀である事は間違い無い。
掘り出し物として安く出品されている事もありますので小刀遊びが好きな方は是非入手してみて下さい。
…また小刀の奥深さを感じてしまいました。