小さな小石が与えてくれた一筋の光そして最後の選択がそこにあった

ここまでの経緯

池内刃物極シリーズ・クリ小刀がどうにも切れないので観察してみると刃全体にニスが塗られていたので除去してみたのですが、やっぱり切れ味が悪い。

切れないのなら研げばいいのだ!

簡単な話ですね。と、言う事で新品の小刀を研ぐ事にしたのです。
まぁ、良くある事です。
最初からなんとなく自分に合わないから研ぎ直すとか、小刃が邪魔して柔らかい材料が潰れてしまうから一度も使わないうちから研ぎ直すとか、そんなことは本当に良くある事です。

そして数時間後には自分のお気に入りの切れ味を持った小刀を手にしているのです、普通は。

ところがどうしたことか、ごく稀に捻くれた小刀が存在するんですよ。

まさに今回の小刀がこれでした。

普段通りにシャプトンのオレンジ(#1000)から当ててグリーン(#2000)、エンジ(#5000)と番手を上げました。


エンジ(#5000)の段階で親指の腹を刃先に当ててピンピンである事を確認して念の為に紙をシューーーッとやって切れ味を確認したらメロン(#8000)で最終仕上げに進むいつものパターン、、、、あれ?切れない?嘘?なんだこれ?なんかやらかしたかな?

何度も紙や割り箸を切ったりして考え込んでしまいました。
もちろん研ぎが足りないのは分かっているのですがこの鉄板砥石セットで刃が出ない小刀は久しぶりなのです。

顕微鏡で刃先を確認したのですが良く研げていると思うんです。


(これは200倍まだギザギザがあるように見えますが普通はこれくらいでも十分に切れます)

悩みに悩んで導き出した答えが「肉眼では分からないレベルで丸刃になっているのだろうか?」というもの。

まぁ、残留応力のせいで歪むことはありますから、「あらとくん」からやり直しです。

あらとくんを刃先までしっかり当てて平面になった事を確認して、オレンジ→グリーン→エンジ→カエリを取って試し切り。

あら?さっきより切れない?
全く切れない訳ではありません。
躓(つまず)く感じでは切れるのですが全然足りてないんです。

常々シャプトンは万能とは思っていますがたまに出てくるこういう小刀を見ると研削しても必ず切れるようになるとは限らないって事ですよね。

以前私はシャプトンでは刃が付かない小刀もあるよ、と書いたんですが、シャプトン信者の方から

それはありえないお前の研ぎ方が下手なのだ

という指摘をいただきました。
こういう方は難のある小刀に出会った事が無いだけだと思ってます。
収まりがつかないのでその小刀(今回の池内刃物のとは別の小刀です)をその方に送って研いでもらう事にしました。

一ヶ月後に降参しましたと返送がありました。
自分の持てうる力を注いだが無残に打ちのめされました、と潔いメッセージが添えられていました。

いや、いいんです、だって不良かも知れないじゃないですか!
自分で小刀を作って焼入れ前の小刀は研いでも切れないし、焼入れして焼戻し前のを研ぐと全然研げないんです。
もしかしたら工程が飛んだ製品かも知れないですし。

というような御返事をして終わったのですね。
その方は冶金に関しては全く知識がなかったようでその後自宅の庭に簡易火床を作って小刀を自作するようになり私の言っていた事が理解できるようになったそうです。

人造砥石で刃が付かない刃物は(不良品かもしれないが)確かに存在するのです

さて、今回の小刀ですが、さらになにわ剛研ニューケントキングシリーズなどでセットを組み直して、力を変たり方向を変えたり角度を変えたり、仕事から帰宅して家事をこなしてから数時間砥石に立ち向かうこと数週間、光は見えて来なかったです(自己嫌悪の日々です)。

正直、1000円程度の小刀ですし、他に切れる小刀は沢山持っているしこれに拘る理由はないのですが、意地になってしまいました。

持っている少ない天然砥石も当ててみましたが効果は無し。

そんな時砥石を入れていたケースの奥に小さなコッパ砥石があるのを見つけました。
これ?何だったっけな?
とりあえず当ててみましたが固くて使いにくい。

同時進行でSNS経由で私の砥石台に写っている

下の方に置いてある小さい小石はなんですか?

という問い合わせがありました。

これは名倉砥石と言いまして砥石の目づまりを改善したり汚れを落としたり仕上げ砥石の表面を荒らして食いつきを良くしたりするものです


うおおお!まだこの手を試していなかった!
私は日頃名倉砥石は人造砥石の目づまり解消のために使っている事が多かったので固めの天然砥石に使う事は考えていませんでした。

早速手持ちの名倉砥石と名倉砥石になりうる小さな砥石の欠片を集めてスリスリする日々が始まりました。
たくさんは持っていませんので組み合わせはそんなにありませんが時間はかかりました。


なんとか良い組み合わせを見つけることができました。

そしてもう一度「あらとくん」から始める事にしました。
(顕微鏡画像は全て200倍。ハンディ顕微鏡ですので参考程度に見て下さい。)



次に剛研の#700を当てました。



シャプトングリーン#2000です。



シャプトンエンジ#5000です。




かなり研げてきていると思います。

シャプトンメロン#8000です。



かなり研げていると思います。
しかしこの状態で割り箸を切ると思ったように切れません。


音を聞いて頂くと切れなさが伝わると思います。
そこでここから天然砥石のコッパと共名倉のコンビネーションを使います。
小刀を当てる前に共名倉砥石で擦って砥汁を出します。
ツルツルの砥石面を荒らして食い付きを良くしてあげるのです。




砥石が小さいのでやりにくい。

ここで予期せぬ事が起きました。


引き傷だらけです。
共名倉は中砥程度の粒子なので当たり前と言えば当たり前なのですがここまで荒れているとは思いませんでした。
肉眼ではわからないレベルです。

これで切れるようになるという事は軟鉄部分に傷という代償を払っても刃先に対して良い効果があるということなのでしょうか。

革砥を当ててさらに驚きました。


傷が凄い!
この傷が何か悪さをするという事ではないですが(肉眼では見えないですしね)仕上げ砥石で綺麗にしたモノに傷を付けていたというのがわかるとなんだか複雑です。


長い戦いは終わりました。
難攻不落の刃物に打ち勝ったのです。
そして、そして、私はこの小刀を使うことはないでしょう。。。
なにせ、ちょっと力加減を間違えると直ぐに切れなくなるし、研ぐ時間が掛かりすぎます。
こういうのは作業のフォーメーションには組み込めません。
疲れましたが良い勉強になりました。