深夜の論客2(終)

深夜の論客1

「丸刃かもしれない、確かに丸刃かもしれない、け、けど、こ、これは観賞用なのですからこれでいいのですこれで」

後藤は苦しい言い訳をした

「うん。刃物は持ち主によって性格が変わりますからね。アナタが何も切らないと宣言したのなら私は何も言わないですよ」

お前のように夜中に来訪して初めて会った他人を批判するなんてそんな無粋な真似はしねえぜ!と言ったつもりだった。

「は、刃物には様々な顔があります。アナタとワタシはたまたま違う道を歩んでいただけなのです。でもたった今交差しました」

「…」

「それに、お、お互いに切磋琢磨は必要な訳です。アナタはワタシから天然砥石の知識を得る必要があると思います」

あくまでも自己中な後藤。

「…この小刀差し上げますから(もう来なくていいよ)」

この嫌味をポジティブに捉えた後藤は異常に喜び、それからというもの、一ヶ月にニ、三度ほどの割合で我が家を訪ねて来るようになった。

「ごめんください!こんにちは!」

相変わらず上から目線で自慢が多かったが、今まで机上の空論を唱えていたという自覚が生まれたのか、私の作業風景を見せてほしいという学ぶ気持ちが出てきたらしく、硬度密度の多彩なギターの材料に対峙する時には臨機応変な研ぎが必要となり砥石を横に置いて作業をしているところを見たりすると

「正直目からうろこです」

「私には思い付かない事です」

「なるほど」

等と頻繁に声を出す。
後藤が来るときには集中力を要する作業は控えなければいけなかったほどだ。

後藤は小刀を使う作業に関しては全くと言っていいいほど知識が無かったが、天然砥石の事となると凄まじき知識と情熱を発揮するのだった。

度々手持ちの天然砥石を持ってきて置いていき、天然砥石の良さを教えてくれるようにもなった。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので頭でっかちな所は相変わらず、意見の食い違いでヒステリックになる事もしばしばだったが根っからの悪人という訳ではなく砥石を愛すればこその吐露といったところがわかり始めるとなんとなく憎めないのであった。

私が天然砥石についてそこそこの知識を得るようになった頃。
数ヶ月も続いた一方的な訪問は冬になる前にピタリと止んだ。
ああ、もう通うのも飽きてしまったのかな?そう思うと少し寂しい気持ちもあったが、直ぐに以前の日常が戻り、いつしか後藤の事は忘れていた。

年が開けて3月のとある日曜日の昼下りに女性の訪問者がやってきた。
痩せて疲れた感じがする50代といった感じだが品が感じられる女性だった。

「後藤の家内でございます」

「はぁ。」

嫌な予感がして直ぐに的中した。

「主人が生前大変お世話になりました」

「亡くなったのですか」

「主人は末期癌でした」

「え?そんな風に見えなかった」

「ハイ。最後の三ヶ月は実に生き生きしていました。最後のお友達ができたと喜んでいました」

その後奥さんが何か言っていたが目頭が熱くなりあまり頭に入ってこなかった。

「この箱を貴方に渡してくれ、というのが主人の遺言でした。身辺が落ち着いたので持ってきました」

奥さんが帰ったあと箱を開けると黄色の天然砥石が入っていた。
その他にメモや文章のようなモノは見当たらない。

うーむ。
夕暮れ時までこの砥石とにらめっこをして、意を決して研いで見ることにした。
水を掛けると吸収が見られたので少し吸水させて小刀を研ぐ。
シャオシャオと音がして直ぐに反応した。
優しい研ぎ味。
されど力強い研削力。

長い時間が経過したが時を忘れて没頭してしまった。
後藤さん、最後に最高の砥石をくれたんだね。

この砥石は今も大切に保存してあり製作において迷いが生じた時に使用している。
不思議な事に落ち着くのだ。

光輝く小刀を見ていたら

「ごめんください!こんにちは!」

そう言って後藤さんが入ってくるような気がしてならない。