岡恒接木小刀の都市伝説

何年も前から「岡恒の接木小刀は良い」というイメージが頭にあって、それは何故なのだろう?なぜそのようなイメージが自分の脳内に定着したのだろう?と考えてみたのですが、考えるまでもなく一つのサイトに辿り着きます。
岡恒接木小刀と検索すると一番上に出てくるサイト、森林総合研究所の場長を務めた方のサイトなですが、リンクをしても良いのか分からなかったのでリンクはしないでおきます。

剪定鋏で知られる岡恒(オカツネ)の切出し小刀(接ぎ木ナイフ)である。薄型軽量タイプで熱烈なファンがいるが、残念ながら現在は製造していない。

2009年に追加された、たったこれだけの文章だが、森林総合研究所場長(となると木材のスペシャリストなのだろうなという勝手なる思いがあって)の発言の重みが呪文のように頭から離れず岡恒=「接木小刀の最高峰」と思ってしまっている自分が居るのです。
実際このように感じている方は多いのかも知れない、なぜならばオークション価格が一般の接木小刀よりもやや高く、参加人数も多いからなのです。
そんな経緯があって、なかなか入手が叶わず今に至ってしまっていました。
この度2丁の出品があり、運良く入手できたのでご紹介します。

少し錆があるがなかなかの面構え、同じモノかと思って落札したのですが大きさに明確な違いがありました。




どちらも想像よりも小さくて恐ろしく薄かった



スペックを見てみましょう(右の数値は大きい方の数値)

仕様・自家鍛接鍛造火造り
価格・8190円(2本のオークション価格)
鋼材・不明
全長・190ミリ189ミリ
刃長(刃渡り)・65ミリ75ミリ
巾 ・25ミリ30ミリ
厚み・0.5−3.1ミリ0.5−3.6ミリ
刃角度・14度12.5度
重量・55g64g

岡恒にしては安く落札できたと思います。

特筆するべきは薄さ。
岡恒には鍛接線の無いモノもあるようですが今回のモノは鍛接線が確認できました。




OKATUNE BESTの刻印
近年の接木小刀で自家鍛接は珍しいと思います。
自家鍛接でこの薄さとなると製造時の脱炭が懸念されてかなり難易度が高いらしい。
利器材の接木小刀が多いのはそういう理由があるのかもしれません

裏の磨き跡は特徴的な斜めになっている


この斜めラインは見た記憶がある。



接木小刀に詳しくないので何とも言えないのだが、一心堂義親銘のソレによく似ている気がする、と思って色々調べていたら三木章なんかも斜めラインですけども。
焼入れの時にできる黒い部分もそっくりです。



岡恒が廃盤になった時期と一心堂義親さんが廃業した時期が合わないので違うとは思うがOEM供給の可能性は捨てきれないです。
しかしアレだ、この形はピストル型というのか?接木界隈ではポピュラーな形なのだろうか?三木章とか阿武隈川とか他の接木小刀とも同じに見えてしまいます。

これもそれもワタクシが接木という事に無知なのが原因なんだろうと思われます。
山梨県辺りの果樹農家の方で接木の実技を見せて頂ける方はいらっしゃらないだろうか?
たいしてお礼はできないけど接木小刀数本差し上げるくらいはできるかな、Xで連絡お待ちしてます、本気で。

株式会社岡恒鋏工場は広島県尾道市にあるという事で尾道といえば尾道ラーメンとか、映画監督の大林宣彦が故郷の尾道を舞台に撮った「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の尾道三部作が有名ですが鉄工所や造船所も多くて、ワタクシも仕事で何度か訪れましたが潮風とカンカンという鉄工所の音、淋しげな街並みが浜田省吾の詩の世界を彷彿とさせてくれました…20年前ね。(浜田省吾の出身地は尾道から30キロ離れた竹原市です)

当時は岡恒なんて知らなかったけれど、あの地で選定鋏や接木小刀が作られていたのかと思うと不思議な感じがします。時をかけるオッサンとなって当時に戻って若き自分に岡恒に見学に行きなさいと言いたいです。

岡恒接木小刀には謎もあります。
なぜ人気商品なのに廃盤になってしまったのか?
需要が少なく採算が合わなかったというのが一番に思い浮かびますがどうなんでしょう。
熱烈な岡恒ファンの方で問い合わせた事のある方いらっしゃっいましたらこれまたXで教えて下さい。

さて、切れ味です。
そのままでも切れますが古いモノなのでどうしても切れ味は落ちますので、とりあえず小さい方を軽く研いでみます。
初期段階では小刃は見当たらず、鋭角なのに刃先がポロポロになっていないのが驚きでした。


歪みをコジ棒で慎重に矯正します。
まさか一番薄い部分を使う日がくるとは思わなかった


大きめの欠けがあり修正に苦戦しました。ダイヤ砥石やシャプトン#1000などの研削力の強い砥石を長く使うとたちまち穴が開きそうです




短期決戦で欠けを直して響シリーズで仕上げました


もっと研ぎこみたいのですがこの薄さですから思いとどまりました




鋭い切れ味で驚きです


紙はカッターよりも切れます

杉の切口はツヤツヤ


マホガニーを切っても指が痛くない!痛くなる前に切れる不思議な感覚

靭性が強いのかこれだけ鋭角でも刃欠けは起きませんでした。

岡恒、本当に凄い小刀なのかもしれない。
接木をやった事の無いワタクシにも分かるほどポテンシャルを感じる事ができました。