光悦と言えば秀吉が聴いたヴァイオリンの著者であり、クレモナのヴァイオリン製作家でいらした故・石井高氏が愛用していた小刀、相州光悦繰小刀が思い浮かびますが、今回紹介するのは相州と付かない光悦という銘の繰小刀です。




けっこう古い感じに見えますが今まで見た事がないですね。


光悦というキーワードで検索すると真っ先に出てくるのは本阿弥光悦という江戸時代初期の数寄者(風流・風雅の道を熱心に好む人)で書家、陶芸家、蒔絵師、作庭家など、多彩な才能を発揮した総合芸術家だったとか。
この方にあやかっているのは間違いなさそうです。
そして丸松刃物製作所という聞き覚えのある名前を手掛かりに商標登録を検索してみたのですが、それらしき登録は見当たりませんでした。
さらに光悦というキーワードでも検索しましが40件以上登録があったにも関わらず該当しそうな会社はありませんでした。
はて?丸松刃物製作所というのをどこで見た記憶があるのだろうか?

この裏に塗られた黒っぽいニスにその答えがありました。
このニスを好んで使うのは三木章さんなんです。
三木章の歴史を調べると初代が弟子入りしたのが丸松刃物製作所なんですね。
丸松刃物製作所の実在の有無を調べてみたのですが廃業されたのか手掛かり無し。
仮に廃業されていたとしていつ廃業されたのかも分かりませんでしたが三木章の初代が12歳で丸松刃物製作所に奉公に入ったのが明治45年(1912年)との事で100年以上前から存在していたのかと驚くばかりです。
シールを見る限りでは古くても40年前程度ではないかなと想像しますがどうでしょう?
三木章で作られたOEMなのか、丸松刃物の最晩年に作られたのかは分かりませんがなかなかに切れそうですね。
裏のRがかなりキツくなっています。

黒い筋は割れか?曲げすぎの弊害でしょうか?顕微鏡で確認したところただの磨き傷でした。
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研いでみるととても研ぎやすく素直な小刀でした。
槌目よりもこういった黒打ちのほうが砥石あたりが良いように思う今日此の頃。
槌目の方が砥石に当たる部分が少なくなって抜けが良い(軽く滑走する)ように思っていたのですがバリが出やすく、そのバリの欠片が砥泥に混入して研ぎ面に傷が付きやすいような気がしてます。

槌目はなんの為にあるのか?個性を出す為っていうのもあるのだと思いますが、冷間鍛造で叩くことによって得られる硬化作用を出すというのもあるみたいです。
でも硬すぎるのも研ぎにくくなるので駄目らしい。
硬いだけなんて誰でもできると某鉋鍛冶が言ってました。
その見極めが難しいらしい。
坂井さんの小刀、坂光は持ち手部分は槌目が多いですけど刃に関係する部分は黒打ちか磨きが多いです。
複合材で小刀を作る場合は元々厚みが決まっていますので叩いて槌目を付けた後に表面を削って平滑にすると厚みが減って薄くなってしまいます。
一方自家鍛接だと十分に厚みが取れますので叩いた後に削って平滑にしても問題が無いのかもしれません。
表裏共にに大きな凹みがありますが、使いながら消していけば良いと思います。もちろん大幅に研ぎ減らして完全平面にするのも貴方の自由です。


良く切れます。

誰が作ったのか?何年前に作られたのか?
今回の光悦もそうですが件の相州光悦でさえ本当に相州(神奈川)で作られたものかさえも疑わしくて、実は三木のどなたかの手のひらで転がされているだけなのかもしれません。
サイトを始めて10年、まだまだ知らない銘が沢山あります。
