以前、私が当ブログで紹介した利久という銘の繰小刀について、「西口良次氏の製作ではないか」との推測を掲載しましたが、その後の調査により、この情報は誤りである可能性が高まりました。本稿では、事実関係を再検証した結果を報告します。
目次
* はじめに:過去の推測と、訂正に至る経緯
* ①:オークション出品物から生じた疑念
* ②:西口小刀の構造的特徴との相違点
* ③:「倭小槌」との共通項と管理シールの存在
* ④:現物比較による実証(鍛接線の有無と仕上げ)
* ⑤:時系列の再確認〜情報の波及プロセス〜
* ⑥:結論・池内和明氏による製作の蓋然性
* まとめと今後の情報発信について
はじめに:過去の推測と、訂正に至る経緯
2021年12月25日の(利久=西口小刀ではないか?という記事に)において、私は利久銘の小刀を西口良次氏の作と推測しました。
その根拠は当時の私の知見に基づく「槌目模様の類似性」が主でしたが、2026年現在、客観的な証拠を積み重ねた結果、その推測を維持することは困難であると判断しました。

①:オークション出品物から生じた疑念
オークションサイトで「利久」銘の共柄切り出し小刀が大量に出品されたことでした。出品された商品の詳細写真をつぶさに観察したところ、いくつかの違和感が生じました。
* 鍛接線の不在: 出品写真を確認したところ、多くの個体で地金と鋼の境目である「鍛接線」が確認できませんでした。
* 槌目の酷似: 槌目自体は西口製によく似ていましたが、安価な即決価格設定を含め、名工の製作物としては不自然な点が見受けられました。
これらに対し、私は購入を一旦ためらい、詳細な比較検証を試みることにしました。
②:西口小刀の構造的特徴との相違点
西口良次氏の製作スタイルと、今回確認された利久銘には、構造上の決定的な違いがあります。
* 製法の違い: 西口氏は、伝統的な自家鍛接(鋼と地金を自ら叩いて合わせる手法)を主体としています。これに対し、利久銘にはあらかじめ鋼と鉄が接合された鍛接線が見当たらなく「複合材」が用いられている疑いがありました。
ただし、鍛接線の見える個体もあるようです。

* 接合形状: 西口氏の鍛接線は、断面が独特の「逆レの字」を描くのが特徴ですが、利久銘で過去に鍛接線が見えた個体においても、その形状は一致していませんでした。



③:「倭小槌」との共通項と管理シールの存在
調査を進める中で、利久銘と槌目とシルエットが酷似した「倭小槌(やまとこづち)」という銘の小刀の存在に突き当たりました。
* 同一のシール: 倭小槌に貼られている管理用シールが、利久銘の個体にも貼られていました。※このシールは三木のおけや製品にも見受けられます。
* 複合材の使用: 倭小槌は複合材を使用した小刀として知られており、この点も今回の利久銘の特徴と合致します。


④:現物比較による実証(鍛接線の有無と仕上げ)
真相を解明するため、ネット販売店、ヤフオク、そして倭小槌の3本の現物を入手し、それぞれ同士と西口小刀との比較を行いました。
* 実物の検証: ネット販売で入手した個体は鍛接線がある写真が使われていましたが、届いた実物には鍛接線がありませんでした。販売店に問い合わせたところ「現存する在庫に鍛接線のあるものはない」との回答を得ました。
*結果:ヤフオクの鍛接線の無い個体と合わせて同じ利久が2本になってしまいました。

*槌目の検証:利久と倭小槌は似て非なるものでした。
利久と西口小刀はとても良く似ていると感じがします。
決定的な違いは槌目を指で逆撫でした時に表れました。利久と倭小槌は指に引っ掛かる感触がありますが西口小刀はスベスベで一切引っ掛かる感触がありませんでした。
* 発送時の研ぎの質: 利久と倭小槌はいずれも研ぎの仕上げが荒く、工程上の明らかな失敗(西口小刀では見られない類のもの)が確認されました。

*裏の様子:意図的に付けられた磨き傷50倍で観察したところ西口小刀では粒子が細かく、利久と倭小槌では粗めの金剛砂が使われていました。
*峰の形 :西口小刀は緩やかなカーブを描いていますが利久、倭小槌は直線的でした。


*刃の根元近辺の成形が利久と倭小槌では曲線状になっていましたが、西口小刀は直線になっていました。


*裏に施されたRは利久と倭小槌に対して西口小刀はやや緩やかでした。
*刃角度:利久は22度、倭小槌は23度、西口小刀は27度でした。
* 切れ味: 西口小刀、利久、倭小槌も実用ツールとしての切れ味は一様に優れています。
⑤:時系列の再確認〜情報の波及プロセス〜
情報の伝播を遡ると、私の記事が誤認の源泉となっていた可能性が浮上しました。
* 2021年12月25日: 私が「利久=西口ではないか?」との推測記事を公開。
* 2023年10月: ある金物店のブログで「利久銘は西口良次作」と断定して紹介。
この時系列から、私の個人的な推測が客観的な事実として流布してしまった可能性があります。(2022年には西口良次氏の完全閉業が確認されています)
⑥:結論・池内和明氏による製作の蓋然性
以上の検証結果に基づき、以下の結論に達しました。
* 製作元: 同じシールを共有する「倭小槌」銘の切り出し小刀は、三木の職人・池内和明氏の製作であることが判明しています。
* 作風の整合性: かつて存在した「鍛接線のある利久」は、池内氏の別銘「芳忠」の初期モデルの鍛接線と酷似しています。また、鎬(しのぎ)の仕上げの癖も、池内和明氏の他の小刀と一致します。
結論として、利久銘は池内和明氏による製作である可能性が極めて高いと判断しました。
まとめと今後の情報発信について
私の推測記事を信じ、西口良次氏作として利久銘を購入された方々には、混乱を招いたことを深くお詫び申し上げます。
該当記事には本報告へのリンクを設置し、速やかに情報の訂正を行います。
振り返れば、そもそも私が初期の推測記事において、鍛接線の有無や構造的特徴に十分気付いていなかったことが、一連の誤認を生む発端となりました。技術的な観察眼の不足を真摯に受け止め、今後はより多角的な検証を徹底してまいる所存です。
最後になりますが、製作元が池内和明氏であったとしても、その小刀が三木の職人の手による素晴らしい道具であることに変わりはありません。実用ツールとしての切れ味は西口氏の作品に引けを取らない一級品であり、道具としての価値は間違いなく本物です。その点をご理解いただき、今後も大切にご愛用いただければ幸いです。
